それは「ニセホタルイカ」かもしれない。

ライター くりはらゆうじ

ホタルイカモドキ? ニセホタルイカ?

富山県の名産として知られるホタルイカ。旬は春で、富山県では3月から漁が解禁されます。

 

このホタルイカ、実は「ホタルイカモドキ」の仲間。

 

生物って「△△科□□属◯◯」のように分類されますよね。

 

ホタルイカの分類を見てみましょう。これが「ホタルイカモドキ科ホタルイカ属ホタルイカ」なんです。

 

なんともややこしい……。なんで「ホタルイカモドキ」が「ホタルイカ」の上位に来るのでしょうか。「モドキ」のくせに。

 

イカに、いや以下に歴史を振り返ってみます。

 

富山県ではそもそもホタルイカは「マツイカ」と呼ばれていました。「ホタルイカ」という名前が生まれたのは1905年。意外にも最近の話です。

 

名付け親は東京帝国大学の教授であった渡瀬庄三郎氏。その渡瀬氏が富山県を訪れた際に「ホタルイカ」と命名したのです。

 

時は流れて1913年。動物学者の石川千代松氏は「ホタルイカによく似たイカ」を発見しました。石川氏はこのイカを「ホタルイカモドキ」と命名します。

 

日本ではまず「ホタルイカ」と命名されたイカがいて、その後にホタルイカによく似た「ホタルイカモドキ」が発見されたわけですね。

 

しかし、日本以外でも既に「小型の光るイカ」は発見されていました。

 

分類学上ではそのイカが「小型の光るイカ類全体」のモノサシに認定され、「小型の光るイカ類」の「科名」は、そのイカに基づいて命名されました。

 

そして、モノサシとなったこのイカは「ホタルイカモドキ」と近いイカでした。そこで、日本では「小型の光るイカ」の科名には「ホタルイカモドキ科」という和名を与えることになったのです。

 

こうして「ホタルイカモドキ科」の中に「ホタルイカ属」があるというなんとも複雑な状況が生まれたわけですね。

 

さらに。
近年ではこの分類が適切ではないと考えている学者もいます。それが東京海洋大学の准教授、土屋光太郎氏です。

 

「ホタルイカモドキ科」には、「ホタルイカモドキ属」「ホタルイカ属」の他にも「ニセホタルイカ属」が存在します。

 

そうです。 「ホタルイカモドキ」とは別に、「ニセホタルイカ」なんてイカもいるのです。あぁ、ますます複雑に。

 

土屋氏は「ホタルイカ属」はこの「ニセホタルイカ属」の一部だと指摘しています。

 

つまり、現在ホタルイカは「ホタルイカモドキ科ホタルイカ属ホタルイカ」と分類されていますが、土屋氏の研究が認められると「ホタルイカモドキ科ニセホタルイカ属ホタルイカ」と分類されるかもしれないわけです。

 

実に!
ややこしいじゃなイカ!!
ホタルイカオス!!!!

 

と、枕が長くなりましたが、今回紹介したいアテはホタルイカなんです。

 

ワタの旨味がたまらない!

 

久世福商店「ほたるいかの醤油漬」。410円(税込)。てイカ価格!

 

ボクがよく覚えているホタルイカといえば、桜を見に行った春の京都で食べた「ホタルイカのしゃぶしゃぶ」だなぁ。生のホタルいかを昆布ダシで、かるーくしゃぶしゃぶするやつです。ワタの味が最高でした。

 

もちろん、ボイルしたホタルイカも大好き。でも、ホタルイカの定番メニューでも、あんまり好きじゃないのがあったんですよね。それが、「ホタルイカの沖漬け」です。醤油漬と呼ぶこともありますね。

 

居酒屋なんかでも「ホタルイカの沖漬け」が置いてることって結構あるじゃないですか。でもボクはこれまで「めちゃくちゃウマイ!」とまでは思えませんでした。

 

まあおいしいんですけど、やたら塩分が強すぎる印象。確かに酒は進みますが、なんだかなぁ、という感じです。

ひと目で、「呑みたい」があふれだす。

 

しかし、素晴らしい沖漬けを見つけてしまいました。それが、久世福商店(くぜふくしょうてん)が販売する「ほたるいかの醤油漬」。

 

久世福商店は「ザ・ジャパニーズ・グルメストア」をコンセプトにしたショップです。ボクはたまたま店頭で見かけてその存在を知ったのですが、とにかく店内をウロウロするのが楽しいんですよね!

 

常時全ての商品があるわけではないそうですが、日本各地のメーカーさんと共同開発した食品や調味料、伝統工芸のキッチン雑貨など取扱点数は約2000にもおよびます。もちろん、酒にアテたい商品も盛りだくさん!

 

その久世福商店で初めて「ほたるいかの醤油漬」を買ったときにも、正直なところそれほどの期待はしていませんでした。もっと言えば、封を開けた瞬間に「これは失敗した」とまで思ったんです。

 

なぜならば、ミリンの香りが強かったから。ホタルイカの沖漬けはショッパすぎて好きじゃないと言っておいてなんですが、ボクは甘いモノがどうにも好きではなくて。生クリームのケーキとか、あんこがタップリ詰まった鯛焼きなんかのスイーツ類はもちろん苦手。

 

さらに、世の中で鉄板とされている「醤油ベースの甘辛」の味付けも、砂糖やミリンが強くて「甘ったるすぎ」と思っちゃうことが多いんですよね。煮魚も照り焼きも「砂糖控えめ」がうれしいタイプです。

 

話が脱線しているじゃなイカ。つまり、この久世福商店の「ほたるいかの醤油漬」を開けたときにも、ボクはその香りから甘ったるすぎる味付けを想像してしまったわけですよ。

 

ところが。

 

見事に期待を裏切られました。塩気が強すぎず、甘ったるいこともなく、味付けの加減がグンバツです!  コレですよ! この味を求めていたんです! ドン&ピシャ!!

身の中には、色鮮やかなワタがタップリ!  酒が進んでアタリメー!

 

ホタルイカを噛みしめると口の中には濃厚なワタのコクが広がりまくります。あぁ、たまらん。こんなの全酒呑みが好きに決まってる。 足の部分にシャキッとした食感が残っているのも楽しいね。

 

これは間違いなくお酒! 日本酒をクイッとやりたくなるヤツです。しかも呑みすぎるヤツ。

 

ボクの好みにバッチリとハマったこの「ほたるいかの醤油漬」はどうやって作られているのでしょう? 久世福商店さんに取材を申し込んでみると、生産している様子が見たければ富山県までイカねばイカんとのこと!

 

前前前世は食べてない?

 

富山県射水市にある生産工場。この日は富山湾からの風が強く、寒かったでゲソ。

 

やってきました、富山県は射水市(いみずし)です。射水市は、富山市の西隣。高岡市と挟まれるように位置しています。富山湾に近いこの地で、あの醤油漬が作られているのですね!

代表の京谷さん。イカ製品を生産する愛妻家。

 

迎えてくれたのは工場の代表である京谷政秀(きょうたに・まさひで)さんです。こちらの工場のルーツは、なんと江戸時代までさかのぼります。海産物の問屋や加工など、海にまつわる営みを約200年も続けているのです。

 

 

—— 京谷さん、本日はよろしくお願いします!

 

京谷 それでは早速、加工の現場へご案内します。まずはこちらで原料のホタルイカを解凍しています。ホタルイカは春に1年分買い付けて、冷凍保存しているものですね。

解凍中のホタルイカ。「目」の存在感にビックリ!

 

—— 春に仕入れたばかりの時期は、生のまま加工するのですか?

 

京谷 いえ、必ず一度冷凍させてから使用しています。というのも、ホタルイカには寄生虫がいることがあるんですね。

寄生虫は一定期間冷凍することで死滅します。うちの基準だと最低でも1ヶ月は冷凍していますね。

 

—— みなさんあちらで何か作業されていますね。

 

京谷 1匹ずつ「目玉」を外しているところです。

手作業でホタルイカの「目」を取り除く。1匹あたり約2秒の早ワザ!

 

—— え!? あんなに大量のホタルイカの目を、全て手作業で処理しているんですか!? 気が遠くなりそうな作業です……。

 

京谷 目を取り除かないで作っていたこともありましたが、そのままだとどうしても目玉の水晶体が口の中に残ったり、歯にくっついてしまうんです。

それと、目玉の周りには黒い汁があるのですが、その汁が苦くて嫌な味が出てしまうんですよ。だから、ひとつずつ丁寧に取り除いているんです。

ホタルイカの眼球には発光する器官がある。さらば目玉の光!

 

京谷 目を取り除き終わったら、水でキレイに洗浄します。

 

—— おー! 目が見事に無くなっていますね!

 

京谷 この後はホタルイカを漬け込んでいきます。

 

—— いよいよあの絶妙な味付けがされるわけですね!

まるでタレの海で気持ちよさそうに泳いでいるみたい……には見えなイカ。

 

京谷 まず、塩ベースの調味液に3時間ぐらい漬け込みます。その後、醤油とミリンがベースのタレで味を染み込ませていくんです。

 

—— そのタレの味付けの加減がバツグンですよね! 現在の味を出すまでには、長い試行錯誤の歴史があったのですか?

 

京谷 このタレは、うちの母親が最初に配合したものですね。

 

—— あれ? 工場は江戸時代から続いていると伺いましたが、意外と最近のことなんですね。

 

京谷 実は、ホタルイカをこのような形で食べ始めてから、まだ30年くらいしか経っていないんです。

 

—— え!? 最近のことなんですね! 驚きです!

 

京谷 今は冷凍技術も進んでいますが、昔は寄生虫の問題がありましたからね。とれたてをゆでて、酢味噌で食べるのが定番でした。

お土産として他県の方に渡すことはあるのですが、地元では今でもあまり醤油漬は食べないんです。

 

—— では、この醤油漬はどのようにして生まれたんですか?

 

京谷 石川県からみえた業者さんが「せっかく富山に来たので、何か富山ならではのものはないですか?」と母に尋ねました。それがきっかけで、母がホタルイカの塩辛と醤油漬を考えたのが始まりなんですよ。

 

—— おぉ! それではお母様が醤油漬を生み出したわけですね!

 

京谷 ただ、ちょうどその頃、同じ富山県の滑川市(なめりかわし)にある業者さんもホタルイカを使った特産品の開発を行っていました。

 

—— 富山市の東隣にある滑川市ですね。現在は「ほたるいかミュージアム」があったり、ほたるいかの発光を海上から観光できたりすることで知られていますよね。

 

京谷 私たちは石川県の業者さんと一緒に始めたわけですが、滑川市の業者さんは富山県の研究機関と共同での取り組みだったんですよ。ですから、富山県の「オスミツキ」は滑川市に与えられてしまいました(笑)。

今ではホタルイカと言えば滑川市が有名ですが、商品化して市場に流通したのは、うちの商品の方が少し早かったですね。

 

—— 「同時多発沖漬け」の時期があったんですねぇ。タレにつけた後はどうするのでしょうか?

 

京谷 この後はホタルイカを袋詰めをして、冷凍したら完成です。タレの味が染みていきますよ。

タレに浸かったホタルイカを袋詰め。きっちり重さを測っているのでイカサマは無し。

 

 

赤ワインと一緒にイカが?

 

サンクゼール ブランディング制作室兼PRチームの山川さん。富山湾でのホタルイカ漁に同行したことも。スキーウェアを着込んでも震えるほど寒かったらしい。

 

京谷さんの作る「ほたるいかの醤油漬」は、株式会社サンクゼールが運営する久世福商店で販売されている商品。2013年12月に1号店をオープンした久世福商店は、イオンモールなどの大型ショッピングセンターを中心に出店を続け、2017年2月時点で50店舗以上に拡大中です。

 

 

—— ここからはサンクゼールの山川誠一(やまかわ・せいいち)さんにもお話を伺います。山川さん、京谷さんが作る「ほたるいかの醤油漬」とはどのように出会ったのですか?

 

山川 2013年のことですね。久世福商店を立ち上げるにあたり私たちは全国を駆け回っていたのですが、富山県での講演会に参加した者がいたんです。

そこで、京谷さんの作る「ほたるいかの醤油漬」を試食させてもらったのですが、その場ですぐに商品化をお願いしたと聞いています。それくらい製品がすばらしかったんですね。

後日、改めて京谷さんを訪ねました。そのときに、久世福商店の商品として生産してもらうことが正式に決定しましたね。

 

—— その場でお願いしたほどの衝撃があったんですね。

 

山川 また、製品がよかっただけではなく、京谷さん自身の人柄にも惚れ込みました。

単においしいものって、いくらでもあると思うんです。でも、久世福商店では「製品のよさ」と「生産者の人柄」をポイントにしたいと考えていました。生産者がいかに本気になってくれるのか、私たちのコンセプトにどのくらい共感してくれるのかを大切にしていたんです。

 

—— 久世福商店で販売されている「ほたるいかの醤油漬」だからこそのこだわりは何かあるのですか?

 

山川 ホタルイカの産地として、富山県産のものを指定してお願いしています。

 

京谷 ホタルイカの産地としては、富山県の他に兵庫県や福井県などもよく知られています。でも、同じ時期で比較すると富山県産のホタルイカの方がサイズが大きいんです。

左の3匹が富山県産で、右の3匹が兵庫県産。兵庫県産の方がゲッソリだね。

 

—— 確かに! それだけでなく身もプックリと膨れていますし、色味も違うんですね。

 

京谷 サイズが小さいとワタが少ないので、食べたときに物足りないんです。でも、大きくなりすぎるとエグみが出てしまいます。久世福商店さんの醤油漬にはその直前のサイズを使っていますね。

 

—— その他にもこだわりはありますか?

 

京谷 やっぱり作りたてがおいしいんですよ。時間が立つとワタが焼けてしまったりするんです。ですから、久世福商店さんの醤油漬は注文書が届いてから生産しています。作り置きではなく、フレッシュなまま食べてもらいたいからですね。

山川さん「『ほたるいかの醤油漬』は久世福商店の中でも人気が高い商品なんですよ」  京谷さん「立ち上げ直前の山川さんたちの苦労を知っているので、うれしいですね」

 

—— どのようなお酒にアテるのがオススメですか?

 

山川 せっかくですから、富山県の日本酒と合わせて欲しいですね。仕事が終わった後の「毎晩のプチ贅沢」に最適だと思います。

 

京谷 富山市内にある福鶴酒造という酒蔵がつくる「風の盆」や「八王」との相性はバツグンですね。

あと、この「ほたるいかの醤油漬け」を某有名なソムリエさんに試食していただく機会があったんです。そのソムリエさんは「白ワインよりも、赤ワインがハマる」とオススメしていましたね。

 

—— 最後に京谷さん、生産者として「ココを味わって欲しい」というポイントを教えてください。

 

京谷 口に入れたときのツルっとした舌触り、足の部分のサクサクした食感、噛んだ後に身の中から出てくるワタの味と、表面のタレの味の組み合わせを堪能して欲しいと思います。

 

—— ありがとうございました!

 

 

それにしても、大型ショッピングセンター内のショップで購入できる「ほたるいかの醤油漬」が、最初から最後まで全ての工程において手作業で生産されているとは、大変大きな驚きでありました。気になる方は久世福商店の店頭までどうぞ。

 

取材の後は、富山駅前の名酒場「親爺」で一杯。なんとかカウンターに潜り込めました。4年前に「親爺」を訪ねたときには、全ての席が埋まっていて、泣く泣く断念したんですよね。だから、今回は4年越しの雪辱を果たせたわけです。ワールドカップかよ。

 

「親爺」でアレもコレもと頼みすぎて、シメの富山ブラックにはたどり着けなかったけど、ま、イッカ。

 

 

取材・文/くりはらゆうじ
写真/Naomi

くりはらゆうじ by
編集長。1988年生まれ。函館朝市のイカ釣り堀で、他人が釣り上げたイカが吐いた水を大量にかぶったことがある。
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